1.「議員定数削減=善」という思考停止が、民主主義をむしばむ

「議員の数を減らせば、税金の無駄が減る。だから定数削減は良いことだ」そう信じている人は少なくありません。
しかし、選挙制度の仕組みを冷静に見ていくと、「定数削減」は、大手政党と世襲議員による“寡占”を招きやすい制度設計であり、必ずしも「国民のための改革」とは言えない現実が見えてきます。
一言でまとめれば
「定数削減」は、“身を切る改革”ではなく、“ライバルを切り捨てる改革”と批判されても仕方がない仕組みになっている可能性が高い。
この記事では、ニュースではほとんど語られない「議員定数削減の数学的なカラクリ」を、学生や主婦の方でもイメージしやすいように解説します。
2.なぜ「定数削減」が維新・自民に有利なのか?

少数政党を締め出す“見えない壁”
まず、「議員定数を減らす」とは何を意味するのか。
それは簡単に言えば、議会の椅子の数を減らすことです。椅子が減れば、その椅子を奪い合う競争は当然激しくなります。
たとえば、ある選挙区に10人分の椅子がある場合、10位までに入れば当選できます。しかし、定数を5に減らせば、5位までに入らなければ当選できません。
このとき起きるのは、強い組織票と資金力を持つ「自民」や、関西で強固な地盤を持つ「維新」のような大手政党の“当選ライン”は比較的守られやすく、一方で、
・参政党
・チームみらい
・日本保守党
など、これから伸びようとする少数政党の“当選チャンス”が一気にしぼむという現象です。
結果として、
大手政党の狙い:議席を減らすことで、ライバル(少数政党)が参入できない高い壁を作る。
結果:既存の大きな政党だけで議席を回し合う「政治の固定化」が起きる。
制度の構造だけを見れば、これは「身を切る改革」というより「ライバルを切り捨てる改革」と批判されても仕方がない仕組みと言っていいのではないだろうか。
3.「世襲天国」を加速させる数学的根拠

苫米地英人氏の指摘する「2300倍の格差」
認知科学者の苫米地英人氏は、地盤(組織)・看板(知名度)・鞄(資金)を持つ世襲議員と、それを持たない一般人候補者の当選確率には天と地ほどの差があると指摘し、一つの試算として約2300倍もの格差があるとまで述べている。
定数を削減すると、選挙はより激戦になる。激戦になればなるほど、政策の中身よりも「知名度」と「資金力」が勝敗を分ける。
世襲議員:親の名前と後援会、資金があるから、椅子が減っても生き残れる。
一般の志ある候補:知名度ゼロからスタートするため、ハードルが上がると当選は極めて困難になる。
つまり、定数削減に賛成するということは、「一般人の政治参加を諦めさせ、世襲貴族による政治支配を強化すること」に他ならない。
「世襲議員ばかりでけしからん!」と怒りながら「定数削減」に賛成するのは、自分たちの首を自分たちで絞める自己矛盾だ。
多くの国民が、そのことに気付いていない。
4.「情報の格差」とイメージ戦略

国民は“雰囲気”で、政治家は“計算”で動く
では、なぜ多くの国民は、こうした構造に気づかないのでしょうか。
理由はシンプルです。情報量と時間が圧倒的に違うからです。
【国民】:仕事や家事や子育てに追われ、選挙制度の専門書を読むヒマはない。
【政党・政治家】:専門スタッフを抱え、選挙制度の“勝ちパターン”を徹底的に研究している。
これは経済学でいう「情報の非対称性」の典型例です。
表向き、維新や自民はこうアピールします。
「税金の無駄遣いをなくすため、私たちの身分を削ります。
身を切る改革です!」
しかし、制度の効果を冷静に見ると――
「ライバル政党を議会に入りにくくし、自分たちの既得権益を守りやすくする“参入障壁の強化”」
という側面が浮かび上がります。
多くの人にとって、「議員定数10%削減」の裏側を自分でシミュレーションするのは相当な労力です。
だからこそ人は、「身を切る改革」という分かりやすいイメージに乗せられやすい。
維新と自民は、この「国民が制度の細部まで検証する余裕がない」という現実を前提に、イメージ先行の政治マーケティングを展開しているように見えます。
5.愛国太郎のまとめ:イメージに騙されず「数字」を見よう

「議員定数10%削減」
この言葉を聞いたとき、私たちは「無駄が減って良かった」と安易に喜んではいけない。
減らされるのは、本当に「税金の無駄」なのか?
それとも、私たちの「選択肢(多様な意見)」なのか?
自民と維新による定数削減は、制度の構造だけを見れば、実質的に「二大政党による談合的な構図になりかねない」入り口であり、多様な民意を切り捨てる行為に他ならない。
「改革」という美名に包まれた「独裁への布石」に、私たちは気づかなければならない。
イメージではなく、数字を見ること。
スローガンではなく、制度の中身を見ること。
それが、情報の非対称性と情報の格差に飲み込まれず、自分たちの首を自分たちで絞めないための、唯一にして最強の防衛手段だ。
【参考・出典】
1.苫米地英人「世襲議員という巨大な差別」
https://www.amazon.co.jp/dp/B09JRZZW6F
2.JBpress「維新はなぜ、議員定数削減にこだわるのか?政治学者が懸念する“党利党略”」https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/91427

